200人のAV被害者、そのひとりがわたしです - 後編 -
2017年5月、詐欺サイトで「コスプレモデル募集」を呼びかけ、女性200人以上をアダルトビデオに出演させていた男が大阪府警に逮捕されました。犯人は一連の犯行で1億4000万円の不正な利益を手にしました。一方、判決は懲役2年6か月、罰金30万円、5年の執行猶予。(検察側が上告中)
NPO法人ぱっぷすはリベンジポルノ・性的な盗撮・グラビアやヌード撮影によるデジタル性暴力、アダルトビデオ業界や性産業にかかわって困っている方の相談窓口です。この事件で被害にあった女性たちからも相談が寄せられました。彼女たちの希望と了承のもと、被害体験を語ってもらいました。ただし、相談者が特定されないように、複数構成にしてあります。
連れていかれたのは、梅田駅近くの美容室でした。気持ちは盛り返しました。いえ、微妙に違いますね。盛り返すものを探してた。そのほうが正しい。
お店はビルの一階にありました。アンティーク調の擦りガラスの扉が入口で、お店のなかは白い漆喰の壁、青くペンキ塗りした椅子が飾るように置かれている。黄色いミモザのドライフラワーが、花束になって壁につるしてある。
最初の撮影は、公園でした。可愛いスタジオを想像してたんだけど、違った。
ベンチに座ってシャボン玉を吹いたり、滑り台を少しだけ登ってみたり――下着が見えそうな角度からでした。しゃがんでクローバーを探すしぐさをしたり。これも見えそうで怖かった。実際、見えていたの、あとで知った。でも頑張った。経費かかかってるっていわれたの、すごくプレッシャーに感じてたから。撮影が終わったら、なんだか疲れていた。けど、あの人は上機嫌でした。
「よく頑張ったね、美味しいものでも、食べていこうか!」
はやく帰りたかった。でも、けっこう強引に連れていかれました。案内されたのは、真新しい高級ホテルです。エントランスの車寄せにはドアマン。目を見張りました。ロビーの一角は、家具じゃなくて調度品っていう単語を使うのがぴったりの、テーブルや猫足のソファ。強く香るからなんだろうと顔をやったら、香りの方角にたくさんの百合が壺に投げ入れられている。お城みたい。
あの人は慣れた調子でロビーを横切り、わたしをラウンジに連れて行きました。「いいホテルでしょう。駅から少し歩くけど」自慢げです。
変な話ですけど、別の意味で心細くなったんですよね。自分が場違いな気がして。一生懸命、あの人についていきました。こんなところで迷子になったらどうしようって気分だった。舞い上がりました。いま思うと、あの人からもらった報酬らしい報酬って、このスイーツブッフェだけだった。価格は飲み物別で4千5百円。
いま、わたしは20歳です。だからあの人が、どれだけわたしへの「投資」を惜しんでいたか、よくわかる。だってラブホだって、1泊2万円超えるとこ、別に珍しくないらしいとサークルの子が言ってた。新幹線は”こだま”しか止まらない地方都市の女子高生。どれだけ世間知らずかを、あの人は知り抜いていた。
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3度目の撮影は、もう行かない。
帰りの新幹線のトイレのなかで泣きじゃくりながら、それをラインで伝えました。お金なんて、もういらない。それも伝えました。めずらしく返事がありませんでした。
でも、ツイッターにアクセスしたら、ダイレクトメッセージに画像が送られてきていたんです。例の、水着の下も脱いじゃって、背中を見せているやつ。
ここからは、完全に脅しでした。
わたしとつながりのある子、みんなに拡散すると文面にある。いよいよあの人は本性を現しました。威圧は脅迫に変わりました。そんなことをされたら、わたしは学校にいけなくなる。お父さんもお母さんも、仕事をやめないといけないし、ローンが残ってるこの家だって売らないとならないだろうし、お兄ちゃんも大学やめないといけなくなる。
どうしたらいいかわからない。せめて願うのは、あの人の要求が、そう酷いものではないように。それしか頭になくなる。
『次の撮影はなにをするんですか』
『まあ、ちょっと過激なイメージビデオだよ。着エロだし』
着エロの意味がわかりません。
『着エロってなんですか?』
『裸にならないで、少しいやらしいポーズをとったりするって感じかな』
サンプルのURLが送られてきました。数分ほどのやつ。このあいだのわたしのような水着姿のジュニアアイドルが、シャワーを浴びて笑ってます。白い水着だから、みんな透けてる。それから身体を洗っている最中の映像。
思い返すと、非常にグロテスクな映像なんですよね。だってジュニアアイドルの子、16歳なんです。あとでぱっぷすの人から、日本の児童ポルノ法はザルだと言われてるって教えてもらいました。
余談に逸れましたが、実態を伝えたいのもあるので、ほんのさわりだけ。
バスルームで、ジュニアアイドルの子は裸です。乳首や股間のあたりはわざとらしく立てた泡で隠れている。そして妙に色っぽい顔をして、自分の身体を手のひらで撫でまわす。――ようするに自慰を連想させるんです。
最後に泡を流すんです。それからカメラがアップでゆっくりと全身を映していく。乳首だけ指でおさえて隠しています。それから、剃毛した女性器を指一本だけあてて隠す。常識的に考えれば児童ポルノですよね。でも現行法には触れません。
話を戻します。
これだけグロテスクな映像を見ているのに、むしろほっとしました。恐怖のせいで、悪い想像はとどまるところを知りません。だから、これぐらいなら、ってほっとしたんです。これぐらいなら、我慢できそう、って。頭にあったのはAVです。知識はほとんどないですが、性行為があるのぐらいはわかります。だから、裸で自分の身体を撫でまわすぐらいなら――異常心理です。
2度目の撮影で、裸になる異常さに麻痺しているのも大きく関係してます。少しずつ我慢の度合いを増やして、慣らす。これも手口です。
『売るんですか?』
『マニア向けにね。ちょっと特殊なルートだし。売るといっても、ほとんどハケない。せいぜい僕の小遣い稼ぎってところ』
『本当に?』
『いまどき本物のAVがどれだけ売られていると思っているの』
説き伏せられました。AVのこと、よく知らないですし。こうやって3回目の撮影に至りました。
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